■会社名 株式会社 草津温泉フットボールクラブ
■チーム名 ザスパ草津
■本社住所 〒377-1711 群馬県吾妻郡草津町大字草津915-3
■前橋事務所
 (フロント業務)
〒371-0006 群馬県前橋市石関町136-3
TEL:027-269-3732  FAX:027-269-3572
電話受付/月曜日〜金曜日9:30〜18:30
※ホーム戦前日・当日は営業日。ホーム戦翌日は休業日
■ファンクラブ
    事務局
〒371-0006 群馬県前橋市石関町136-3
TEL:027-212-0932  FAX:027-269-1633
電話受付/火曜〜金曜10:00〜12:30・13:30〜17:00
※平日12:30〜13:30・月土日祝日・試合当日は事務所お休み
■設立 2003年2月5日
■ホームスタジアム 正田醤油スタジアム群馬(旧:群馬県立敷島公園県営陸上競技場)
(〒371-0036 群馬県前橋市敷島町66)

※皆様からいただくメールに関しては全てにお返事をすることができません。貴重な意見として参考にさせていただきます。予めご了承ください。

■沿革
□2011年 12月 ・Jリーグディビジョン2 9位

□2010年 12月
1月
・Jリーグディビジョン2 12位
・副島博志 監督就任

□2009年 12月

1月
・Jリーグディビジョン2 10位
・植木繁晴 ゼネラルマネージャー就任(専任)
・佐野達 監督就任

□2008年 12月 ・Jリーグディビジョン2 9位

□2007年 12月 ・Jリーグディビジョン2 11位

□2006年 12月
8月
6月
1月
・Jリーグディビジョン2 12位
・植木繁晴 ゼネラルマネージャー兼任
・代表取締役社長 大西忠生 逝去(6月29日)
・植木繁晴 監督就任

□2005年 12月
12月
3月
1月
・Jリーグディジョン2 12位
・第85回天皇杯全国日本サッカー選手権大会ベスト32
・J2開幕
・手塚聡 監督就任

□2004年 12月
12月
12月
4月
・第84回天皇杯全国日本サッカー選手権大会ベスト8へ進出
・JリーグよりJ2昇格の承認を受ける
・JFL年間順位3位を確保
・JFLスタート

□2003年 12月
11月
10月
9月
7月
5月
4月
4月
2月
1月
・第82回天皇杯全国日本サッカー選手権大会初出場
・第27回全国地域リーグ決勝大会優勝。JFL昇格
・関東サッカーリーグ2部優勝
・群馬県サッカー協会長杯サッカー大会決勝戦において、群馬FCホリコシを3-0で破り、天皇杯出場権を獲得
・同申請が満場一致で承認され、11月に開催される全国地域リーグへの出場資格を獲得
・日本サッカー協会へ「Jリーグ入りを標榜とするクラブに対する優遇措置」を申請
・関東サッカーリーグ2部 開幕
・2003年度の体制発表会
・株式会社草津温泉フットボールクラブ設立(ザスパ草津運営会社)
・図南クラブとの入替戦を1-1(PK3-1)で勝利し、関東サッカーリーグ2部昇格

□2002年 9月
4月
4月
4月
3月
2月
1月
・群馬県社会人サッカーリーグ1部優勝
・草津町の賛同が議会で採択される
・草津温泉旅館協同組合の賛同が了承される
・チーム名を「リエゾン草津」から「ザスパ草津」に改名し、発足式を湯畑で開催
・小島伸幸がコーチ就任
・奥野僚右が監督就任
・再建へ着手。補強が始まる

□2001年 12月
12月
10月
・関係者の紹介で大西忠生・植木繁晴・賢持宏昭の3名が草津町を視察
・選手が15名まで減少
・群馬県社会人サッカーリーグ2部優勝
・選手35名でシーズン開幕

□2000年   ・群馬県社会人サッカーリーグ2部2位
・ラットコ・ステボビッチ監督が復帰し、選手18名で存続

□1999年   ・地元サッカークラブの協力を得てチームは存続し、群馬県社会人サッカーリーグ2部に残留
・東日本サッカーアカデミーが閉鎖され、選手も4名まで激減

□1998年   ・群馬県社会人サッカーリーグ1部 7位で2部に降格
・日本人監督 就任。専門学生以外の選手も加入が始まる

□1997年   ・群馬県社会人サッカーリーグ2部 優勝

□1996   ・群馬県社会人サッカーリーグ3部 優勝
・生徒数25名に増加

□1995   ・リエゾン草津 監督に東邦チタニウム(当時JFL)のコーチだったラットコ・ステボビッチ氏 就任
・リエゾン草津 編成 群馬県社会人サッカーリーグ4部 登録
・群馬県サッカーリーグ4部 優勝
・サッカー東日本サッカーアカデミー 設立